ZL-P DISCOVERY

隠されているもので、あらわにならないものはない

【隠された日本史(3)】虹の下には・・・

前回の記事

zl-p.hatenablog.com 前回の記事ではもう一つの日本史を考察しました。本記事ではいよいよ天皇とは何かに迫っていきたいと思います。

 日本で天皇の存在を知らない人はいないと思いますが、天皇の存在意義について考えたことがある人は少ないのではないでしょうか。現在の日本では天皇とはあくまで日本国の象徴であり、政治は内閣総理大臣をトップとした政府が行なっていると学校の授業では教わります。普通ならここで話は終わってしまうのですが、冷静に考えるとただの象徴のはずなのに東京に広大な皇居があり宮内庁が少なくない宮廷費を使っていることには少々違和感を覚えます。もちろん国家的な伝統を維持するのにそれくらいは当然だと考える方々はいらっしゃるかと思いますが、少額ならともかく大金が動く時は何かしらの思惑が働いていると考えるのが自然であると私は考えます。したがって天皇という存在は何か国家運営をしていく上で重要な役割を担っている可能性があります。

 

 天皇家の重要な役割を考察する上でまずは歴史を簡単に見ていきましょう。とは言ったものの天皇家の歴史は謎に包まれている部分が非常に多く、特に初期の天皇たちに関しては実在性や在位期間について未だに論争が絶えない上に実在性を疑う学者すらおり、彼らに関してはかなり扱いにくい印象があります。

天皇系図(69代まで)
70代以降も見たい方は宮内庁HPを参照下さい。
https://www.kunaicho.go.jp/about/kosei/keizu.html

 それでもあえて触れておくと、宮内庁が発表している天皇系図によると初代天皇である神武天皇は紀元前660に即位したとされています。しかし初期の天皇たちには具体的な記録があまり残っておらず(特に2代から9代までの欠史八代)、さらに彼らの在位期間が後世の天皇たちと比べて長すぎることもあり素直に天皇系図をそのまま信じることは難しいと言わざるを得ません。とは言え全く無視すべきかというとそうでもなく、個人的にはこのような系図は何かを隠すために歴史的事実を元に隠したい部分を改竄して創ったのではないかと疑っています。

 ところで仮に宮内庁の主張が正しいとした場合、日ユ同祖論的視点で見ると北イスラエル王国の最後の王ホセアが紀元前722年に王位を退いて国が滅亡してから62年の空白期間を経た後に神武天皇が即位して再び北イスラエル王国が復活したことになります。以前私は別の記事(【隠され、そして現れる島々(3)】日ユ同祖論の新しい可能性 - ZL-P DISCOVERY)でイザナギイザナミの「国生み」は倭国が海外の文献に初めて登場する西暦57年頃に行われたのではないかと予想していましたが、上記の仮説を正とするなら国生みは北イスラエル王国が滅亡してからそんなに間を空けずに行われたことになります。この仮説は正直疑わしいとは感じるものの個人的には面白いと感じますし、系図が改竄されたものだとしても、少なくとも紀元前660年に何か重要なことが起きたということだけは確かではないかと思います。

 一方でwikiを読んでみると天皇とは大和朝廷時代に君主が用いた称号であるとしており、平安時代までは政治・祭祀の頂点であったがそれ以後は武家の台頭により政治的実権を失っていったと書かれています。つまり鎌倉時代以降は天皇家はもっぱら祭祀の方を重点的に担っていたことになりますが、そうなるとこの祭祀の中身こそが日本という国家を一つにする上で非常に重要であったと考えられます。

 約2600年間続いてきた(とされる)天皇家ですが、これだけ長期間に渡って天皇家を存続させてきた祭祀とは一体何なのか気になるところです。残念ながらそのような祭祀は一般には公開されることはないと思われるので、私たち一般人はその中身を知ることはできませんが、一方でその祭祀を執り行う者たちが何か強大な力を持っていることだけは分かります。そして実はその強大な力の一端が垣間見えた出来事が最近ありました。それが令和天皇即位式に出現した「虹」です。

日刊スポーツのサイト記事で掲載されていた皇居の虹の写真
https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/201910220000535.html

 2019年5月1日の令和天皇即位式のとき雨にも関わらず式が行われた時間帯だけ何故か空が晴れて虹が出たとして当時話題になりましたが、私がそのニュースを見た時(自分でもどうしてそう思ったのかは分からないのですが)誰かが死んだように思えてしまったのです。私の中にあったイメージとは令和天皇が即位した瞬間に令和天皇の「下」で誰かが死んで、その誰かを中心として球状の光が発散し、その球状の光の輪郭の一部が虹として見えたというものでした。この仮説はエリザベス女王が亡くなったときに現れた虹によって確信に変わります。

朝日新聞DIGITALに掲載されていたエリザベス女王の虹の写真
https://www.asahi.com/articles/ASQ9932RZQ99UHBI012.html

 こっちの虹は明確にエリザベス女王が死んだとされる時に見られたものだったので分かり易いものでした。令和天皇即位式で死んだのはおそらく本当の平成天皇陰謀論界では裏天皇とされている存在)だったのではないかと思われます。そしてその時に裏令和天皇に交代したと推測されますが、どうやらその裏天皇の持つ強大な力というのは国家を成立させるために必要な力のようです。おそらく裏天皇が持っている強大な力というのは終戦時にアメリカが皇室を廃止できなかった原因でもあると考えられ、下手すると一国の軍事力すら凌駕する力なのかもしれません。

 そしてどうもその強大な力を持つ者たちは皇居の地下にいるようです。上に掲載した画像の中の皇居の上にかかった虹が強大な力を持っていた者が発散した球状の光の輪郭だとした場合、その者が死んだ位置はかなり深い場所であることが分かります。私たちが普段見ている皇室の様子というのは、もしかしたら皇居の地下にいる強大な力を持つ者たちのドラマを演じている姿なのかもしれません。そういう意味では皇室に関する色々なニュースも彼ら(強大な力を持つ者たち)の様子を窺い知る上では参考になるのかもしれません。もちろん役者とは言ってもどこぞの馬の骨とも分からない者にそんな大役は任せられないはずなので、演じている人たちもその血筋の方達だとは思いますが、私が言いたかったのは私たちが見ている天皇とはあくまで天皇「陛下」ではないかということです。そういえば皇室の報道を見ていると誰々とは言いませんが兄弟なのに全然似てないなと思うシーンがたまにあり、もしかしたら現皇室の中でも未だに北朝南朝が同居している状態なのかなと思ったりすることがあります。

 

 しかし国家を国家たらしめる強大な力を持つ者たちというのは一体何者なのでしょうか?もちろん私はただの一般人なのでそんなことは知りませんし、国家はそれを教えてくれないでしょう。しかし一方で私は虹と聞くとどうしてもノアの方舟の物語を思い出してしまうのです。以下旧約聖書の創世記から虹の契約についての部分を引用します。

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 神はノアと、彼といっしょにいる息子たちに告げて仰せられた。「さあ、わたしはわたしの契約を立てよう。あなたがたと、そしてあなたがたの後の子孫と。また、あなたがたといっしょにいるすべての生き物と。鳥、家畜、それにあなたがたといっしょにいるすべての野の獣、箱舟から出て来たすべてのもの、地のすべての生き物と。わたしはあなたがたと契約を立てる。すべて肉なるものは、もはや大洪水の水では断ち切られない。もはや大洪水が地を滅ぼすようなことはない。」さらに神は仰せられた。「わたしとあなたがた、およびあなたがたといっしょにいるすべての生き物との間に、わたしが代々永遠にわたって結ぶ契約のしるしは、これである。わたしは雲の中に、わたしの虹を立てる。それはわたしと地との間の契約のしるしとなる。わたしが地の上に雲を起こすとき、虹が雲の中に現れる。わたしは、わたしとあなたがたとの間、およびすべて肉なる生き物との間の、わたしの契約を思い出すから、大水は、すべての肉なるものを滅ぼす大洪水とは決してならない。虹が雲の中にあるとき、わたしはそれを見て、神と、すべての生き物、地上のすべて肉なるものとの間の永遠の契約を思い出そう。」こうして神はノアに仰せられた。「これが、わたしと、地上のすべての肉なるものとの間に立てた契約のしるしである。」

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 虹とはノアの神がもはや全ての生き物たちを滅ぼすことをしないという契約でした。ところで先ほど私は強大な力を持つ者が死んだときに球状の光が発散してその輪郭の一部が虹に見えると書きました。つまり大洪水の後ノアたちが見た虹とはまさしくノアの神によって殺された強大な力を持つ者たちの死の光だったことになります。

 旧約聖書では大洪水の記述の前にネフィリム(神の子らと人の娘たちとのハーフ)について言及しており、文脈から判断するとネフィリムたちは大洪水で滅ぼされたことになります。つまりこのネフィリムたちこそが強大な力を持つ者たちだったのではないかと私には思えるのです。大洪水の後もしばらく出現していて雲の中に現れるほど巨大な虹であったということなので、いかに大洪水で殺されたネフィリムたちが強大な存在であったかが分かります。

 しかしここで疑問に思うのが、どうして旧約聖書で「地上のすべての生き物を・・・消し去った」と記述されているにも関わらずネフィリムが現代にも存在しているのかという点です。考えられる主な可能性を以下に列記してみます。

 

1.大洪水後も人の娘たちを妻にしていた神の子らがいた

2.ノアとその息子たち、そして彼らの妻たちの中でネフィリムの血を受け継いでいた者がいた

3.旧約聖書の記述が誤っておりネフィリムは普通に(地下で?)生きていた

 

 他にも色々な可能性が考えられますが、上記の中から選ぶとしたら個人的には2を推します。というのも全ての生き物たちと契約する前にノアの神は次のように考えていたことが旧約聖書には記述されているからです。

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 ノアは、主のために祭壇を築き、すべてのきよい家畜と、すべてのきよい鳥のうちから幾つかを選び取って、祭壇の上で全焼のいけにえをささげた。主は、そのなだめのかおりをかがれ、主は心の中でこう仰せられた。「わたしは、決して再び人のゆえに、この地をのろうことはすまい。人の心の思い計ることは、初めから悪であるからだ。わたしは、決して再び、わたしがしたように、すべての生き物を打ち滅ぼすことはすまい。地の続く限り、種蒔きと刈り入れ、寒さと暑さ、夏と冬、昼と夜とは、やむことはない。

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 これはあくまで私の憶測に過ぎませんが、ノアの神はこの世界からネフィリムを消したいと考えていたものの、そう思った時には既に人類の体には完全にネフィリムの血が流れてしまっていたので、仕方なくできるだけネフィリムの血が薄いノアたちだけを生き残らせて、その後もできるだけネフィリムの血を世界から消していくという作戦を取ったのではないかと考えられます。どうしてノアに流れているネフィリムの血が薄いと思ったかというと、アダムからノアまでは男系で繋がっているからです。もし系図の途中で女性が入っていたらその女性の相手が神の子らである可能性を排除できなかったのでノアの中のネフィリムの血が薄いとは言い切れなかったかもしれません。そして大洪水によって少なくとも神の子らの男系の子孫は絶滅したことになります。

 大洪水後のエピソードを読む限りではハムの息子のカナンにはネフィリムの血が濃く流れていそうな気がします。ハムの妻がネフィリムの血を濃く受け継いでいたのだろうか?旧約聖書の神がカナン人に容赦しなかったのはもしかするとそういうことなのかもしれません。ただしカナンについてwikiでは「カナン人は実際にはイスラエル人と混住し通婚した」と書いてあるので、それが本当であれば旧約聖書の神の作戦は上手くいかなかったことになります。

 しかしここで一つ疑問に思うのは、どうしてノアの神はネフィリムをこれほど忌み嫌うのかという点です。旧約聖書にはネフィリムが登場してから「地上に人の悪が増大した」ので「主は、地上に人を造ったことを悔やみ、心を痛められた」と書かれているものの、ネフィリムが具体的に何をしたのかについては言及されていないので、聖書の記述だけではノアの神がネフィリムを忌み嫌う理由がよく分かりません。一つ思い付くこととしては、ネフィリムは神の子らの子孫であったと思われるので、ノアの神がネフィリムを忌み嫌っていた原因というのは神の子らにあったのではないかということです。というのも神の子らはノアの神が創造したかった世界に対して余計なことをしてしまったように見えるからです。おそらくノアの神と神の子らは元々考え方が違っており、音楽性の違いによりバンドが解散してしまうように、ノアの神と神の子らもこの世界を創造した段階で既に仲違いしていたのかもしれません。エデンの園にいた蛇はその象徴ではないでしょうか。子供の教育方針について父親と母親が対立するように、人類がどう生きるかについてノアの神と神の子らは最初から対立していたように思われます。

 ノアの洪水後の歴史を俯瞰する限りではノアの神は粘り強く人間たちを用いて間接的に(時には直接的に)ネフィリムと戦っていたように見えます。そしてそれが日本の歴史において形として現れたのが他ならぬ源平合戦だったのではないでしょうか。もしかすると私たちはこのノアの神VSネフィリム(さらに遡るとアダムの神VS蛇)の戦いの渦中にずっといたのかもしれません。そしてそれはノアの物語は私たちが生きている現代でも未だに続いていることを意味します。ようこそ旧約聖書の世界へ。