ZL-P DISCOVERY

隠されているもので、あらわにならないものはない

【現れた未来人(4)】反省会 in 2026(2062氏)

前回の記事

zl-p.hatenablog.com 前回は未来人2026氏が語っていた予言について考察しました。そして前回の投稿から時間がある程度経過したので、ここ(2026年)で一旦反省会をしておこうと思いました。今回の反省会では彼が書き込んだ以下の予言に絞って考察(というよりは実況?)をしていきます。

 

1.第3次世界大戦が勃発し日本も参戦する
2.2024年に(移民が増えなくなるような)大事件が発生する
3.日本の人口が2010年と比較して30%減少する(さらに男女比が1:3になる)
4.日本は非常に危険な状態“だった”
5.2020年代後半から日本が大きく方向転換する

 

1.第3次世界大戦が勃発し日本も参戦する
 現時点で第3次世界大戦が起きているようには見えません。もちろん前回の記事でも指摘したように未来の教科書にはこの時代が世界大戦中だと書かれている可能性もゼロではありませんが、少なくともまだ日本が戦争に参戦していないことだけは確かです。

 

2.2024年に(移民が増えなくなるような)大事件が発生する

 現時点(2026年)では2024年に移民が増えなくなるような大事件が発生したと一般的には認識されていません(むしろ2024年と比較して日本に居住している外国人の数は増えている)。というわけで2に関しては以下の4つの可能性が考えられます。

A.大事件はこの世界線では起きなかった
B.2024年に大事件は起きなかったが、大事件はこれから(2026年以降)起きる
C.実は2024年に大事件は起きていたが、私たちはそれを大事件だとは認識していない
D.実は2024年よりも前に大事件は起きていた

 Aについてはなぜ起きなかったのかという疑問が残りますが、そもそも大事件がどういったものかが分からないため考察できません。
 Bについてもまだ起きていない大事件を考察することはできません。
 Cについては月日の経過に伴ってそれが大事件だったと判明するパターンかと思いますが、現時点(2026年)で一般的に認識されている2024年に起きた事件の中で移民が増えなくなるような事件は見当たらないため、一旦保留にしておきます。
 Dについては過去記事でも述べた通り私は「すでに2020年から大事件が連続している」と考えており、その最初のきっかけであるコロナ禍が大事件のことだとした場合、どうして4年も前倒しされたのか(そして結果的に移民の増加を止めることができなかったのか)が気になります。コロナ禍については今一度しっかり考察しておく必要がありそうです。

 

3.日本の人口が2010年と比較して30%減少する(さらに男女比が1:3になる)

 ChatGPTに確認したところ現在(2026年)の日本の人口は2010年と比較して約4%ほど減少しているようです(さらに日本国籍保有者に限定すると約6%減少しており減少分の3分の1を外国人で穴埋めしている状況のようです)。さらに現在のペースを維持した場合、2062年までに約20%の減少が見込まれるとのことだったのですが、これを日本国籍保有者に限定すると約30%の減少になるので、2062氏の提示した数字は割と妥当な線だったのかもしれません。ただし男女比は48.6%:51.4%となっており1:3のような極端な比率になる気配は今のところ感じられません。

 

4.日本は非常に危険な状態“だった”

 前回の記事で私は日本の人口ピラミッドが危険な状態を象徴しているのではないかという趣旨のことを書きましたが、2020年と2025年を比較すると生産年齢人口比率が0.7%減少しているとのことなので、状況はさらに悪化しているようです。もっとも2062氏が意図した「危険な状態」がこのことを意味していたのかは分かりません。彼が現れたのが東日本大震災の直前だったことから、もしかしたらあの時のことを意図していた可能性もあります。

【参考】2025年の日本の人口ピラミッド

 

5.2020年代後半から日本が大きく方向転換する

 現在2020年代の後半に差し掛かっており、私は日本が大きく方向転換しようとしている気配を感じていますが、まだ具体的にどの方向に進もうとしているのか確信が持てていません。

 

 ところでSEGAというゲーム会社が三国志大戦(4〜6)というアーケードゲームを2026年2月26日にサービス稼働を終了させています。当時はやけに226という数字を推してくるなと思っていて、そのせいなのか当日(2月26日)カレンダーを見た時ふと226事件のことを思い出しました。そしてこの「226」という数字をずっと見ていた時なぜか2062氏のことも思い出してしまったのです。まあだから何だと言われても、ただそれだけの話なのですが。

【隠された日本史(3)】虹の下には・・・

前回の記事

zl-p.hatenablog.com 前回の記事ではもう一つの日本史を考察しました。本記事ではいよいよ天皇とは何かに迫っていきたいと思います。

 日本で天皇の存在を知らない人はいないと思いますが、天皇の存在意義について考えたことがある人は少ないのではないでしょうか。現在の日本では天皇とはあくまで日本国の象徴であり、政治は内閣総理大臣をトップとした政府が行なっていると学校の授業では教わります。普通ならここで話は終わってしまうのですが、冷静に考えるとただの象徴のはずなのに東京に広大な皇居があり宮内庁が少なくない宮廷費を使っていることには少々違和感を覚えます。もちろん国家的な伝統を維持するのにそれくらいは当然だと考える方々はいらっしゃるかと思いますが、少額ならともかく大金が動く時は何かしらの思惑が働いていると考えるのが自然であると私は考えます。したがって天皇という存在は何か国家運営をしていく上で重要な役割を担っている可能性があります。

 

 天皇家の重要な役割を考察する上でまずは歴史を簡単に見ていきましょう。とは言ったものの天皇家の歴史は謎に包まれている部分が非常に多く、特に初期の天皇たちに関しては実在性や在位期間について未だに論争が絶えない上に実在性を疑う学者すらおり、彼らに関してはかなり扱いにくい印象があります。

天皇系図(69代まで)
70代以降も見たい方は宮内庁HPを参照下さい。
https://www.kunaicho.go.jp/about/kosei/keizu.html

 それでもあえて触れておくと、宮内庁が発表している天皇系図によると初代天皇である神武天皇は紀元前660に即位したとされています。しかし初期の天皇たちには具体的な記録があまり残っておらず(特に2代から9代までの欠史八代)、さらに彼らの在位期間が後世の天皇たちと比べて長すぎることもあり素直に天皇系図をそのまま信じることは難しいと言わざるを得ません。とは言え全く無視すべきかというとそうでもなく、個人的にはこのような系図は何かを隠すために歴史的事実を元に隠したい部分を改竄して創ったのではないかと疑っています。

 ところで仮に宮内庁の主張が正しいとした場合、日ユ同祖論的視点で見ると北イスラエル王国の最後の王ホセアが紀元前722年に王位を退いて国が滅亡してから62年の空白期間を経た後に神武天皇が即位して再び北イスラエル王国が復活したことになります。以前私は別の記事(【隠され、そして現れる島々(3)】日ユ同祖論の新しい可能性 - ZL-P DISCOVERY)でイザナギイザナミの「国生み」は倭国が海外の文献に初めて登場する西暦57年頃に行われたのではないかと予想していましたが、上記の仮説を正とするなら国生みは北イスラエル王国が滅亡してからそんなに間を空けずに行われたことになります。この仮説は正直疑わしいとは感じるものの個人的には面白いと感じますし、系図が改竄されたものだとしても、少なくとも紀元前660年に何か重要なことが起きたということだけは確かではないかと思います。

 一方でwikiを読んでみると天皇とは大和朝廷時代に君主が用いた称号であるとしており、平安時代までは政治・祭祀の頂点であったがそれ以後は武家の台頭により政治的実権を失っていったと書かれています。つまり鎌倉時代以降は天皇家はもっぱら祭祀の方を重点的に担っていたことになりますが、そうなるとこの祭祀の中身こそが日本という国家を一つにする上で非常に重要であったと考えられます。

 約2600年間続いてきた(とされる)天皇家ですが、これだけ長期間に渡って天皇家を存続させてきた祭祀とは一体何なのか気になるところです。残念ながらそのような祭祀は一般には公開されることはないと思われるので、私たち一般人はその中身を知ることはできませんが、一方でその祭祀を執り行う者たちが何か強大な力を持っていることだけは分かります。そして実はその強大な力の一端が垣間見えた出来事が最近ありました。それが令和天皇即位式に出現した「虹」です。

日刊スポーツのサイト記事で掲載されていた皇居の虹の写真
https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/201910220000535.html

 2019年5月1日の令和天皇即位式のとき雨にも関わらず式が行われた時間帯だけ何故か空が晴れて虹が出たとして当時話題になりましたが、私がそのニュースを見た時(自分でもどうしてそう思ったのかは分からないのですが)誰かが死んだように思えてしまったのです。私の中にあったイメージとは令和天皇が即位した瞬間に令和天皇の「下」で誰かが死んで、その誰かを中心として球状の光が発散し、その球状の光の輪郭の一部が虹として見えたというものでした。この仮説はエリザベス女王が亡くなったときに現れた虹によって確信に変わります。

朝日新聞DIGITALに掲載されていたエリザベス女王の虹の写真
https://www.asahi.com/articles/ASQ9932RZQ99UHBI012.html

 こっちの虹は明確にエリザベス女王が死んだとされる時に見られたものだったので分かり易いものでした。令和天皇即位式で死んだのはおそらく本当の平成天皇陰謀論界では裏天皇とされている存在)だったのではないかと思われます。そしてその時に裏令和天皇に交代したと推測されますが、どうやらその裏天皇の持つ強大な力というのは国家を成立させるために必要な力のようです。おそらく裏天皇が持っている強大な力というのは終戦時にアメリカが皇室を廃止できなかった原因でもあると考えられ、下手すると一国の軍事力すら凌駕する力なのかもしれません。

 そしてどうもその強大な力を持つ者たちは皇居の地下にいるようです。上に掲載した画像の中の皇居の上にかかった虹が強大な力を持っていた者が発散した球状の光の輪郭だとした場合、その者が死んだ位置はかなり深い場所であることが分かります。私たちが普段見ている皇室の様子というのは、もしかしたら皇居の地下にいる強大な力を持つ者たちのドラマを演じている姿なのかもしれません。そういう意味では皇室に関する色々なニュースも彼ら(強大な力を持つ者たち)の様子を窺い知る上では参考になるのかもしれません。もちろん役者とは言ってもどこぞの馬の骨とも分からない者にそんな大役は任せられないはずなので、演じている人たちもその血筋の方達だとは思いますが、私が言いたかったのは私たちが見ている天皇とはあくまで天皇「陛下」ではないかということです。そういえば皇室の報道を見ていると誰々とは言いませんが兄弟なのに全然似てないなと思うシーンがたまにあり、もしかしたら現皇室の中でも未だに北朝南朝が同居している状態なのかなと思ったりすることがあります。

 

 しかし国家を国家たらしめる強大な力を持つ者たちというのは一体何者なのでしょうか?もちろん私はただの一般人なのでそんなことは知りませんし、国家はそれを教えてくれないでしょう。しかし一方で私は虹と聞くとどうしてもノアの方舟の物語を思い出してしまうのです。以下旧約聖書の創世記から虹の契約についての部分を引用します。

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 神はノアと、彼といっしょにいる息子たちに告げて仰せられた。「さあ、わたしはわたしの契約を立てよう。あなたがたと、そしてあなたがたの後の子孫と。また、あなたがたといっしょにいるすべての生き物と。鳥、家畜、それにあなたがたといっしょにいるすべての野の獣、箱舟から出て来たすべてのもの、地のすべての生き物と。わたしはあなたがたと契約を立てる。すべて肉なるものは、もはや大洪水の水では断ち切られない。もはや大洪水が地を滅ぼすようなことはない。」さらに神は仰せられた。「わたしとあなたがた、およびあなたがたといっしょにいるすべての生き物との間に、わたしが代々永遠にわたって結ぶ契約のしるしは、これである。わたしは雲の中に、わたしの虹を立てる。それはわたしと地との間の契約のしるしとなる。わたしが地の上に雲を起こすとき、虹が雲の中に現れる。わたしは、わたしとあなたがたとの間、およびすべて肉なる生き物との間の、わたしの契約を思い出すから、大水は、すべての肉なるものを滅ぼす大洪水とは決してならない。虹が雲の中にあるとき、わたしはそれを見て、神と、すべての生き物、地上のすべて肉なるものとの間の永遠の契約を思い出そう。」こうして神はノアに仰せられた。「これが、わたしと、地上のすべての肉なるものとの間に立てた契約のしるしである。」

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 虹とはノアの神がもはや全ての生き物たちを滅ぼすことをしないという契約でした。ところで先ほど私は強大な力を持つ者が死んだときに球状の光が発散してその輪郭の一部が虹に見えると書きました。つまり大洪水の後ノアたちが見た虹とはまさしくノアの神によって殺された強大な力を持つ者たちの死の光だったことになります。

 旧約聖書では大洪水の記述の前にネフィリム(神の子らと人の娘たちとのハーフ)について言及しており、文脈から判断するとネフィリムたちは大洪水で滅ぼされたことになります。つまりこのネフィリムたちこそが強大な力を持つ者たちだったのではないかと私には思えるのです。大洪水の後もしばらく出現していて雲の中に現れるほど巨大な虹であったということなので、いかに大洪水で殺されたネフィリムたちが強大な存在であったかが分かります。

 しかしここで疑問に思うのが、どうして旧約聖書で「地上のすべての生き物を・・・消し去った」と記述されているにも関わらずネフィリムが現代にも存在しているのかという点です。考えられる主な可能性を以下に列記してみます。

 

1.大洪水後も人の娘たちを妻にしていた神の子らがいた

2.ノアとその息子たち、そして彼らの妻たちの中でネフィリムの血を受け継いでいた者がいた

3.旧約聖書の記述が誤っておりネフィリムは普通に(地下で?)生きていた

 

 他にも色々な可能性が考えられますが、上記の中から選ぶとしたら個人的には2を推します。というのも全ての生き物たちと契約する前にノアの神は次のように考えていたことが旧約聖書には記述されているからです。

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 ノアは、主のために祭壇を築き、すべてのきよい家畜と、すべてのきよい鳥のうちから幾つかを選び取って、祭壇の上で全焼のいけにえをささげた。主は、そのなだめのかおりをかがれ、主は心の中でこう仰せられた。「わたしは、決して再び人のゆえに、この地をのろうことはすまい。人の心の思い計ることは、初めから悪であるからだ。わたしは、決して再び、わたしがしたように、すべての生き物を打ち滅ぼすことはすまい。地の続く限り、種蒔きと刈り入れ、寒さと暑さ、夏と冬、昼と夜とは、やむことはない。

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 これはあくまで私の憶測に過ぎませんが、ノアの神はこの世界からネフィリムを消したいと考えていたものの、そう思った時には既に人類の体には完全にネフィリムの血が流れてしまっていたので、仕方なくできるだけネフィリムの血が薄いノアたちだけを生き残らせて、その後もできるだけネフィリムの血を世界から消していくという作戦を取ったのではないかと考えられます。どうしてノアに流れているネフィリムの血が薄いと思ったかというと、アダムからノアまでは男系で繋がっているからです。もし系図の途中で女性が入っていたらその女性の相手が神の子らである可能性を排除できなかったのでノアの中のネフィリムの血が薄いとは言い切れなかったかもしれません。そして大洪水によって少なくとも神の子らの男系の子孫は絶滅したことになります。

 大洪水後のエピソードを読む限りではハムの息子のカナンにはネフィリムの血が濃く流れていそうな気がします。ハムの妻がネフィリムの血を濃く受け継いでいたのだろうか?旧約聖書の神がカナン人に容赦しなかったのはもしかするとそういうことなのかもしれません。ただしカナンについてwikiでは「カナン人は実際にはイスラエル人と混住し通婚した」と書いてあるので、それが本当であれば旧約聖書の神の作戦は上手くいかなかったことになります。

 しかしここで一つ疑問に思うのは、どうしてノアの神はネフィリムをこれほど忌み嫌うのかという点です。旧約聖書にはネフィリムが登場してから「地上に人の悪が増大した」ので「主は、地上に人を造ったことを悔やみ、心を痛められた」と書かれているものの、ネフィリムが具体的に何をしたのかについては言及されていないので、聖書の記述だけではノアの神がネフィリムを忌み嫌う理由がよく分かりません。一つ思い付くこととしては、ネフィリムは神の子らの子孫であったと思われるので、ノアの神がネフィリムを忌み嫌っていた原因というのは神の子らにあったのではないかということです。というのも神の子らはノアの神が創造したかった世界に対して余計なことをしてしまったように見えるからです。おそらくノアの神と神の子らは元々考え方が違っており、音楽性の違いによりバンドが解散してしまうように、ノアの神と神の子らもこの世界を創造した段階で既に仲違いしていたのかもしれません。エデンの園にいた蛇はその象徴ではないでしょうか。子供の教育方針について父親と母親が対立するように、人類がどう生きるかについてノアの神と神の子らは最初から対立していたように思われます。

 ノアの洪水後の歴史を俯瞰する限りではノアの神は粘り強く人間たちを用いて間接的に(時には直接的に)ネフィリムと戦っていたように見えます。そしてそれが日本の歴史において形として現れたのが他ならぬ源平合戦だったのではないでしょうか。もしかすると私たちはこのノアの神VSネフィリム(さらに遡るとアダムの神VS蛇)の戦いの渦中にずっといたのかもしれません。そしてそれはノアの物語は私たちが生きている現代でも未だに続いていることを意味します。ようこそ旧約聖書の世界へ。

【隠された日本史(2)】もう一つの日本史

前回の記事

zl-p.hatenablog.com 前回の記事で日本史は基本的に源平合戦の繰り返しであり、その中心には天皇の存在があったのではないかという仮説を論じました。ということで早速天皇についての考察をしたいところではあるのですが、その前にもう一つの日本史すなわち朝鮮史についても考察しておきたいと思います。というのも日本列島と朝鮮半島は隣り合っているので必然的に日本史と朝鮮史は密接に連動していたと考えられますし、そもそも私は日本と朝鮮はかつて一つの国家であったと考えているので尚更朝鮮史を考察しないと日本史に対して理解を深めることができないと思っているからです(したがってネトウヨの方々は発狂しかねないので本記事は読まれない方が良いでしょう)。

 私が日本と朝鮮を同一視する理由については過去記事【隠され、そして現れる島々 カテゴリーの記事一覧 - ZL-P DISCOVERY】を参照して頂きたいのですが、内容を簡単に述べておくと私は日本列島と朝鮮半島は人工的に造られたと考えており、日本人と朝鮮人は共に古代イスラエル人であったと推測しています。ただし地理的に中国にかなり近いため、現在では漢民族等とそれなりに混血していると考えられるので全ての日本人/朝鮮人が純粋な古代イスラエル人ではないとは思いますが。

 又、日本語と韓国語は語順が似ていると聞いたことがありますが、このことからも日本人と朝鮮人のベースが同じであることが伺えます。ただし発音などはかなり違っているようで、例えば過去に韓国人と英語で話していたときFをPとして発音するので意思疎通が上手くいかなかったことがありました(まあ日本人もLをRとして発音してしまうのでお互い様ですが)。

 私が朝鮮人を元イスラエル人であると考える根拠の一つはサムスンという企業の存在です。

サムスンのロゴ

 サムスンすなわちサムソンとは、旧約聖書士師記に登場する士師の一人で簡単に説明するとめちゃくちゃ強かった人です。彼はイスラエル民族のダン族出身の男で、当時イスラエルを苦しめていたペリシテ人との戦いで活躍しますが、女好きである性格が災いして捕えられ酷い仕打ちを受けることになり、最後は多くのペリシテ人たちと共に心中しました。 

 朝鮮の人たちが韓国を代表する企業を彼らにとって英雄的な存在であるはずのサムスン(サムソン)と名付けたことが、彼らがダン族(古代イスラエル人)であるとする根拠の一つとなります。昔この考えが思い浮かんだ時にネットで検索して調べてみたことがあるのですが、やはり同じように論じていたブログがあったので考えることはみんな一緒のようです。

 ではなぜダン族は朝鮮半島に住んでいるのでしょうか?それはダン族が他の部族より強かったからではないかと私は推測しています。そしてさらにここから私の妄想は加速していくのですが、イザナギイザナミが日本列島を造るとき次のようなことを考えたのではないでしょうか。すなわち「大陸から逃れるために周りが海に囲まれた島々を造りたいが、大陸との交易を容易にするために架け橋となる半島も造っておきたい。しかしそうなると半島を利用して日本列島に攻められるかもしれないので、一番強い部族をこの半島に住まわせておこう」と。

 日本列島と朝鮮半島のどちらが先に造られたのかは分かりませんが、日本列島が先であればダン族は前線に送り込まれたことになり、朝鮮半島が先だった場合はダン族は殿(しんがり)を務めさせられたことになるので、どちらにせよあまり他の部族のことを良く思っていなかった可能性はあります。とはいえ実際に古代朝鮮半島に存在していた高句麗は何度も大陸からの猛攻に耐えており、大陸から日本列島への侵攻に対する防波堤のような役割を果たしていました。

 しかしそんな高句麗も唐と新羅が同盟したことにより挟み撃ちにされ滅んでしまいました。高句麗百済が滅ぶ前に日本(倭国)が大量の援軍を送ったのも日本が朝鮮半島を自国であると考えていたとすると説明がつきます。朝鮮半島統一を果たした新羅ですがその後は唐と対立関係になり、さらに百済高句麗も復活してきて最終的に高句麗を継承したとされる高羅に滅ぼされました。その後高羅はモンゴル帝国「元」の影響下に入り日本を攻める側になってしまいます。元が弱体化すると再び高羅が権力を取り戻しますが程なくして高羅は李氏朝鮮に滅ぼされました。この一連の流れから元(源氏)に攻撃された高羅は平氏、高羅を滅ぼした李氏朝鮮は源氏であると推測することができます。以上のストーリーをヒントに日本と朝鮮の各時代の源平の優勢状況を予想してリスト化したものが以下となります。

 

日本:弥生時代平氏?)ー朝鮮:衛氏朝鮮平氏?)

日本:古墳時代(源氏?)ー朝鮮:原三国時代(源氏?)

日本:飛鳥時代平氏?)ー朝鮮:三国時代_高句麗/百済/新羅平氏

日本:奈良時代(源氏?)ー朝鮮:新羅(源氏?)

日本:平安時代平氏)ー朝鮮:高羅(平氏

日本:鎌倉時代(源氏)ー朝鮮:元(源氏)

日本:建武の新政平氏)ー朝鮮:高羅(平氏

日本:室町時代(源氏)ー朝鮮:李氏朝鮮(源氏)

日本:戦国時代(平氏)ー朝鮮:日本の朝鮮出兵平氏

日本:江戸時代(源氏)ー朝鮮:李氏朝鮮(源氏)

日本:明治~戦前(平氏)ー朝鮮:日韓併合平氏

日本:戦後(源氏)ー朝鮮:南北分裂_韓国/北朝鮮(源氏)

 

 このリストにおける日本と朝鮮の時間軸は完全に一致しているわけではなく、場合によってはかなりのタイムラグはあるものの、流れとしては大体こんな感じになるのではないかと思います。一点補足しておくと三国時代で一番勢力が大きかったのは高句麗だったので三国時代平氏優勢としました。

 こうして俯瞰してみると高羅の時代までは朝鮮半島にいたダン族たちは日本の防衛のためにかなり尽力してくれていたように感じます。しかし元に支配された時は逆に日本侵攻を手伝っており、それ以降は日本側が朝鮮半島を取り戻そうと足掻いていたようにも見えます。秀吉が朝鮮半島に侵攻したとか大日本帝国朝鮮半島を併合したと教科書では教わりますが、当時の人たちは朝鮮半島を侵略したとは考えておらず、むしろ逆に取り返したという意識を持っていたのかもしれません。そして今も国内には日本と朝鮮半島を一つにしようと暗躍している勢力がいると聞きますが、もしかしたら彼らは平氏の子孫たちなのかもしれません。

 この記事を書いている時点では朝鮮半島は韓国と北朝鮮に分かれており、国旗の色的に考えると韓国が源氏、北朝鮮平氏であるように見えます。そして上のリストでは韓国の方が現時点では経済的に強いため戦後は源氏優勢としています。ついでに韓国国内や北朝鮮国内においても源平は激しく争っているようで、特に韓国においては大統領が変わる度に前政権が徹底的に攻撃されるという慣行が繰り返されています。

 ところで朝鮮半島が二つの国に分かれている状態を見ていると私には切断された髪のように見えて仕方がありません。つまり「サムソンの髪は切られてしまっている」ように見えるのです。

切られたサムソンの髪?

 旧約聖書の中で髪を切られたサムソンが強さを失ったことによってペリシテ人たちに酷い目にあわされたのと同じように、38度線付近で朝鮮半島が区切られてから朝鮮戦争の勃発などにより朝鮮半島の人々は酷い目に遭ってきました。これはダン族にとっては大変な屈辱だったでしょう。

 そういえば韓国語では21と統一の読みが似ているので、統一を切望している勢力の企業名には21が入っているという噂を聞いたことがあります。21(イシビル)と統一(トンイル)は似ていませんが、調べてみると2を固有語、1を漢数詞で読むと「トウイル」になるらしいです。トンイルとトウイルが似ていると捉えるかは各人の判断に委ねられますが、いずれにせよサムソンの髪を再び元に戻したいと思っている勢力がいることは確かなはずです。かつて世界最強の男を輩出したダン族の末裔たちは果たしてもう一度長い髪を取り戻し、彼らの地を分割したペリシテ人の末裔たち(?)に相応の対価を支払わせることができるのでしょうか?

 ついでに旧約聖書の時代の話をしておくと、私はイスラエル王国がソロモン死後の紀元前930年頃に北イスラエル王国ユダ王国に分裂した流れがそのまま源平合戦に繋がっていると考えています。この2国のその後を簡単に解説しておくと、北イスラエル王国は紀元前722年にアッシリアに滅ぼされ10支族が「失われました」。そしてユダ王国も紀元前586年にバビロニアに滅ぼされてユダヤ人たちはバビロン捕囚状態となりました。バビロニアが滅んだ後にユダヤ人たちはイスラエルの地に帰還するもしばらくしてローマ帝国に支配され、最終的に1世紀から2世紀にかけてローマ帝国に反乱を起こしたことにより滅ぼされてしまいます。私が【隠され、そして現れる島々 カテゴリーの記事一覧 - ZL-P DISCOVERY】において考察した日ユ同祖論はユダ王国だけを考慮しており、北イスラエル王国のことは考慮していませんでしたが、この北イスラエル王国ユダ王国の滅亡のタイムラグを加味して考察することでまた新しい仮説が出てくるのかもしれません。

 最後に旧約聖書の話をもう一つしておくと、創世記にはヤコブが息子たちへ語った予言があり、ダンに対しては次のように語られています。「ダンはおのれの民をさばくであろう、イスラエルのほかの部族のように。ダンは、道のかたわらの蛇、小道のほとりのまむしとなって、馬のかかとをかむ。それゆえ、乗る者はうしろに落ちる。主よ。私はあなたの救いを待ち望む。」長年の分断によって日本と韓国、北朝鮮は違う国になってしまっており、現在各国の関係はそこまで良好とは言えません。再び一緒になるかどうかはともかくとして、少なくとも私たちを争わせようとしている勢力の策略にはひっかからないようにしていきたいものです。主よ。私はあなたの救いを待ち望む。

 

次回の記事

zl-p.hatenablog.com

【隠された日本史(1)】終わらない運動会

 私の通っていた小学校の運動会では紅白に分かれて点数を競い合う形式が採用されていました。年末の紅白歌合戦でも同じく紅白に分かれて投票数を競い合う形式が取られています。この様に日本では赤組と白組に分かれて競い合う形式が深く根付いているのですが、その起源は平安時代末期の源平合戦にあると考える人が大半だと思います。本シリーズではこの源平合戦を主軸にして日本の歴史を考察していきます。

 

 ここで一旦学校で習った歴史を復習しておきましょう。源平合戦とは平安時代末期に平氏による独占政治を快く思わない勢力の一つである源氏が反乱を起こしたことにより勃発した戦争でした。最終的に平氏が壇之浦で滅ぼされたことによりこの源平合戦終結したと教科書には書かれているのですが、果たしてそれで終わりだったのでしょうか。この戦いは一見ただの国内2大勢力の権力争いに見えますが、実は私たちが思っている以上に根が深い戦いだったのではないかというのが本シリーズの趣旨となります。というのも鎌倉時代以降もこの源平合戦が続いていたと思われる痕跡があるからです。その流れについてこれから簡単に見ていきましょう。

 鎌倉幕府は成立当初は源氏が実権を握っていましたが、後に北条氏が実権を握ることになります。この北条氏、実は平氏ではないかという説があり(本記事ではこの説が正しいとして話を進めます)、源平合戦における源氏は単に平氏の内乱に巻き込まれただけだったと見ることもできます。つまり平氏は滅んだのではなく、それどころか鎌倉幕府を乗っ取って再び日本を支配していたということになるのです。

 再び日本を支配した平氏でしたがモンゴル帝国(元)に攻められることになります。ところで源義経は実は生きていてチンギスハンになったという説をご存知でしょうか。この説自体を正しいと主張するつもりはありませんが、モンゴル帝国が後に中国を支配したときに国号を「元(源)」としたのはチンギスハンが他ならぬ源氏の流れを汲む人物だったからであるとする説をネット上のどこかで読んだことがあり、あながちこの説は間違っていないのではないかと思っているのです。そしてこの説が正しいとすると平氏に乗っ取られた鎌倉幕府元寇で源氏に攻められたことになり、この元寇によって鎌倉幕府の財政は悪化して滅亡することになります。中には元寇で元軍は日本の侵攻に成功しており、元軍が鎌倉幕府を直接滅ぼしたとする過激な説すらネット上で読んだことがあります。

 鎌倉幕府が滅亡した後は朝廷が建武の新政を開始しますが、建武の乱で朝廷が足利尊氏に敗北したことにより新政権は崩壊、足利尊氏の開いた室町幕府が実権を握ります。鎌倉「幕府」を開いたのが源氏であるならば、室町「幕府」を開いた足利氏も源氏と見なすことができるのではないでしょうか。ついでに室町幕府成立後もしばらく抵抗を続けた天皇側は南朝足利尊氏が擁立していた天皇側は北朝と呼ばれていますが、ここまでの流れを鑑みると南朝平氏北朝は源氏と見なすことができます(後に両者は室町幕府によって合一させられます)。

 室町幕府が成立して以降はそれなりに安定した時代が続きますが応仁の乱によって守護大名の力が増大し戦国時代に突入します。室町幕府を源氏の政権と考えるとこの戦国時代は平氏の反乱期であったと捉えることができます。そして豊臣秀吉が天下を統一して「幕府を開かずに」朝廷から関白に任命されます。しかしその後関ヶ原の戦いで豊臣家は徳川家に敗北し、徳川家康が江戸「幕府」を開きました。つまり再び源氏の時代になったと見なすことができます。

 江戸幕府成立後もそれなりに長く安定した時代が続きましたが、ペリーの黒船襲来以降国内は混乱し、最終的に江戸幕府薩長同盟に滅ぼされて天皇を元首とする大日本帝国が誕生します。この大日本帝国江戸幕府(源氏)を終わらせたという意味において平氏と見なすことができます。そしてその平氏である大日本帝国は第2次世界大戦でアメリカに敗北し天皇を象徴とする日本政府に変えられました。ここまでの流れを以下に簡単にまとめてみました。

 

平安時代平氏

鎌倉時代(源氏)

建武の新政平氏

室町時代(源氏)

戦国時代(平氏

江戸時代(源氏)

明治〜戦前(平氏

戦後~(源氏)

 

 なぜ戦後は源氏と見なすことができるのかについて説明します。平安時代から明治時代までの流れを見て気が付くのは平氏が朝廷(天皇)を重視しているのに対して源氏は朝廷(天皇)を軽視して幕府を開いて政治を行なっている点です。ということは天皇を元首としていた大日本帝国平氏と見なすならば、天皇を象徴にして政治から遠ざけている今の日本政府は源氏と見なすことができると考えて戦後は源氏としました。

 

 ところで源平合戦における屋島の戦い那須与一平氏側の扇を矢で射抜く有名なシーンがありますが、昔の日本画ではその扇は赤地に金色の丸として描かれています(描く人によっては白地に日の丸だったり赤地に黒い丸だったりしますが本記事では無視します)。ところで赤地に金色の丸と言えば天皇旗が思い浮かびます。つまりここからも平氏は生粋の天皇側の勢力であると見なすことができます。

那須宗隆射扇図 作:小堀鞆音
平氏の扇が赤地に金色の丸として描かれている

天皇
赤地に金色の菊の紋が使用されている

 一般的に平氏は赤地の旗、源氏は白地の旗を使用しているイメージがあるかと思いますが、色に対する拘りには違いがあるようです。国内のシェアを二分するような企業のロゴを見てみると分かりやすいのですが、例えばJALは赤い鶴を使っているので平氏側と推測できますが、対する源氏側と思われるANAは青いトリトンブルー(モヒカンブルー)を使用しており白色ではありません。これはおそらく白色というのが全ての色を内包していることが影響していると考えられます。白色には青色が含まれているので別に青色でも問題ないということです。

JALANAのロゴ

 ただしややこしいのは白色には赤色も含まれているので赤色だからといって平氏側とは限らないということです。例えば北条氏は平氏(赤色)にも関わらず源平合戦では源氏(白色)についていました。平氏は赤色に拘るのに対して源氏はそこまで色には拘っていないため何色でも使用してくるので、源氏はその他連合軍という性格が強いのかもしれません。

 

 以上のことから日本史というのは天皇を擁護する勢力と天皇を敵視する勢力に分かれて延々と争っていた歴史であると言うことができます。そしてこの日本の歴史、すなわち終わらない運動会を理解するためには天皇とは何かを考察する必要がありそうです。

 

次回の記事

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キリストされたイエス

 人類に一番影響を与えた人物はイエスキリスト(Jesus Christ)だと言われています。宗教の中で一番人口が多いのはキリスト教ですし、西暦がイエスの生まれた年を元年にしていることからもその影響力の大きさが分かります。しかし同時にイエスは人類史上最も謎の多い人物でもあり、ユダヤ独立のリーダーだったとか、最強の魔術師だったとか、実は死んでなかったとか、そんな人物はいなかったなどの色々な噂がネット上で散見されます。

 ここで一般に理解されているイエスの物語を確認しておきましょう。イエスは西暦元年にイスラエルベツレヘムで生まれた人物で、成長した後は大衆に「教え」を説いていきました。ところがイエスを快く思わない者たちによって十字架にかけられて殺されてしまいます。しかし3日後に甦り弟子たちの前に現れ、最後は天に昇っていったとされています。そしてキリスト教ではこのイエスの十字架における死は人類の罪を贖う為であったとして、それを信じるものは罪を許されて天国へ行き永遠の命を得るとされているのです。

 

 本題に入る前にまずはみなさんに私の証しを聴いていただきたいと思います。私はクリスチャンの家庭に生まれ、小さい頃から教会学校で聖書の物語を聞いて育ちました。小学生の時には洗礼も受けています。信仰の中にあった少年時代でしたがある日教会の中でふと次のような疑問が浮かび、父に質問したことがあります。「十字架の救いを知り得る機会がなかった人たちはその為だけに地獄へ落ちるの?」。父は困った顔をしてすぐには答えてくれず、後日「きっと神様が何らかの計らいをしてくれているはずだ」という主旨のことを私に答えました。子供だった私はこの答えに釈然としなかったものの、そういうものなのかなと思い、特に反論もせず受け入れていました。しかし大人になってからザビエルが当時の日本人から同じような質問をされていたことを知り、再びこの問題に直面することになったのです(やっぱりそう思いますよね御先祖様)。他にも色々あって私はキリスト教について改めて調べてみようと思い、インターネット上で色々なサイトやブログを漁って読むようになっていきました。

 そしてある時パウロを糾弾するサイトに出会います。10年位前に偶然見つけたサイトだったので今はもう見つけることができないのですが、そのサイトは「十字架の救いとはパウロが勝手に言い出したことであり、イエスの教えではない」と主張していました。聖書を読んだことがない方に説明しておくと、パウロとはローマ市民権を持ったユダヤ人であり、最初はキリスト教徒を迫害していましたが、途中からキリスト教へ回心し、その後は熱心にキリスト教を伝導したとされる人物です。彼がキリスト教へ与えた影響は非常に大きいのですが、先のサイトは彼こそがイエスの教えを捻じ曲げた張本人だと批判していたのです。

 私は最初この主張をあまり真剣には受け止めていませんでした。しかし聖書の成立過程の中でマタイ・マルコ・ルカ・ヨハネ以外の福音書が排斥された事実を知ったとき、この主張を無視することができなくなってしまったのです。というのも本の排斥は時の権力者が歴史を捻じ曲げるときに使う常套手段であることを知っていたからです。つまりローマ帝国を支配していた者たちはイエスの教えを捻じ曲げるためにパウロ工作員として送り込み、キリスト教の成立に介入したと考えるとうまく辻褄が合ってしまうのです。

 私は十字架による救いがローマ帝国を支配していた者たちによって偽造されたものである可能性を突きつけられて非常に動揺しました。そのことを認めたくがない為にマルコによる福音書を一気に読んでしまった程です(マルコによる福音書を選んだ理由は成立年が一番古いと聞いていたので偽造の余地があまりないと思ったからです)。しかし洗礼を受けたときに買ってもらった聖書の中の「マルコによる福音書第16章9節から20節」には括弧書きがしてあり、後世に追加されたものである旨が記されていました。これは誰かが都合の良いように物語を追加した形跡なのではないかという印象を私に与え、さらに動揺することになったのです。当時の私の心境は穏やかではなく、キルケゴールが大地震と表現したものを経験することになりました。今まで信じていたものが一気に崩れ去る経験をされた方なら当時の私の心境を理解していただけるかと思います。しかし今にして思うと私が自分の父親にあの質問をしたときからこうなることは決まっていたのかもしれません。

 私の感性は動揺し狼狽えていましたが、私の理性は冷静に次のようなことを考えていました。「イエスが後世に与えた影響力の大きさを考えると、ただ普通に処刑されただけの人物だったとは思えない(なぜなら嘘というものは真実に寄り添わないと生きていけないから)。イエスについて何か大きな真実が隠されているのではないだろうか」。次第に私はイエスが人々に何を説いていたのかに興味を持つようになり、今まで漠然と聞いていたイエスの教えについて考えるようになりました。ただし新約聖書福音書たち(共観福音書)はローマ帝国による編集を受けていることが疑われる為、排斥された福音書たち(特にトマスの福音書)も考察の対象に加える必要があると思っています。

 イエスの教えについては今もなお考察中なので確信を持って論じることはできないのですが、今考えていることを少しだけ述べさせて頂きます。まず私はその教えをブッダが人々に説いていたことと同じもの、つまり「この世界の構造と真実」だったのではないかと予想しています。しかしブッダが80歳まで大往生したのに対してイエスが33歳で処刑されたことを考えると、その教えはブッダよりもさらに何らかの意味で核心に迫っていたと考えられます。

 そもそも十字架にかけられたというストーリーの存在が(たとえそれが作り話であったとしても)イエスの教えを隠そうとしているように私には思えてしまうのです。というのも十字架またはXには封印の意味があるとどこかで読んだことがあるからです。つまり「十字架にかけられた(Jesus Crucified)」と後世の人々に認識させること自体がイエスの教えを封印すること(Jesus Crossed)になるし、ローマ帝国の背後にいた者たちが今でも多額の資金をかけてX'masを盛大に祝うよう仕向けさせている所以でもあると思うのです。もちろん都合の悪い福音書を排斥したり、パウロによる十字架を強調した手紙を新約聖書に採用させたことも、イエスの教えを隠すための工作であったと解釈できます。

 以上のように2000年に渡って封印し続ける必要がある程にイエスの教えはある者たちにとっては脅威であったことが分かります。そして脅威であった理由については次のように考えることができます。すなわち、人が何かを隠そうとするときは、自分の利益が脅かされる時であり、しかも守ろうとする利益が大きければ大きいほど、その際に支払われる労力も大きくなるということです。現にイエスの教えを隠すために支払われた労力は先に書いた通り凄まじいものでした。

 そうすると次はその守ろうとしていた利益とは何なのかという話になってきます。先に予想したようにイエスの教えが「この世界の構造と真実」だったとしたら、ローマ帝国の背後にいる連中が守りたかったのはそれに付随する「バグ技」だったのではないかというのが私の予想です。新約聖書の中でイエスはいくつもの「奇跡」を起こしていますが、これもゲームでいうところのバグ技(もしくは裏コマンド)を利用していたように見えます。オンラインゲームを経験している方なら分かると思いますがバグ技を駆使して利益を得ている集団にとってチート技の一般公開は絶対に阻止しないといけないものです。秘密結社が儀式の秘密を口外した者を見せしめの為に儀式的な方法で殺すという話を聞いたことがありますが、イエスの十字架刑もそれとよく似た現象だったのかもしれません。

 イエスは洗礼者ヨハネによって洗礼を受けているので、恐らくヨハネの属していた組織に入ったものと考えられますが、その組織こそバグ技を蓄積していた者たちの集まりであったと推測されます。イエスはその組織の中でバグ技を習得し、その後荒野で悪魔から誘惑を受けるもののそれをイエスが拒否する様子は、バグ技を秘匿して利益を得るのではなく一般にバグ技を公開してゲームに公平性を与えることを(殺されたヨハネの意志を継いで)イエスが選択したことを表現しているのではないかとも読めます。これもオンラインゲームをプレイしたことがある方なら経験があるかもしれませんが、バグ技を見つけてもそれを隠さずみんなに公開する者が現れる現象があります。イエスがそんなことをしようと思った正確な理由は分かりかねますが、もしかしたらそれは「詰らなかったから」なのかもしれません。何も変化がない景色をずっと眺める続けることは退屈で苦痛なことだからです。もちろんイエスの背後にローマ帝国に対抗する勢力がいたとするなら、彼の行動は単なる工作活動の一環ということになりますが、たとえそうであったとしても彼は世界の平穏よりかはむしろ世界の変化を望む人物であったことは確かでしょう。「あなたがたは、地に平和を与えるためにわたしが来たと思っているのですか。そうではありません。あなたがたに言いますが、むしろ、分裂です」「わたしが来たのは、地に火を投げ込むためです」。そういうわけで2000年前にイエスが火を投げ込んだことにより新しい時代が始まったと思われます。

 ここでイエスは本当に甦ったのかという問題についても考えることは避けられないでしょう。というのもローマ帝国の目的がイエスの教えを封印することだったとしたら、当然イエスの死後弟子たちに偽物を差し向けることだってあり得るからです。一番古いと考えられているマルコによる福音書でも実は追加された文章を除くと女たちがイエスが甦ったことを告げられて帰るシーンまでしか描かれておらず、その後は謎に包まれているのです。マタイによる福音書では甦ったイエスを疑う弟子がいたことが書かれていることから、必ずしもこのイエスが本物であったと断定できなかったことが窺われます。ヨハネによる福音書ではトマスがイエスの復活を疑うシーンが描かれており、これが原因で彼は「不信のトマス」として後世で批判を受けることになります。しかし普通に考えれば死者が甦ることを疑うのは当然であり、しっかりとこの目で事実を確かめるまで疑い続けることは理性的な行動であるように思われます(特にジャーナリストはそうあるべきです)。このエピソードはトマスのような疑う者たちを牽制する意味を込めてヨハネによる福音書に差し込まれたのではないかと勘繰らざるを得ません。そしてヨハネによる福音書の中で甦ったイエス(?)はトマスに次のように言うのです。「見ずに信じる者は幸いです(たとえ嘘であったとしても信じろ)」。

 しかしイエスの教えは激しい迫害・妨害にも関わらずその後も急速に広まっていきました。ローマ帝国は最終的に313年に態度を一転させキリスト教を公認し、国教化することになります。そのとき開かれたニカイア公会議で「正式なキリスト教」が決定され、それ以外(アリウス派など)は異端であるとして排斥されることになりました。ここで一つ疑問なのはどうしてローマ帝国が180度方針を転換することができたのかです。そのカギを握るのがパウロであり、彼が作り上げた十字架の救いを基礎としたキリスト教を利用することによりイエスの教えを覆い隠したのではないかというのが私の考えです。ところで洗礼を受けるときに聖書の勉強をしましたが、そのとき聖書の全巻数66(旧約39、新約27)は聖なる数字だと教わりました。彼らがなぜ全巻数を66にしたのかがずっと気になっています。

 

 

 16世紀にカトリック教会が免罪符を発行してお金儲けをしていたのに対してルターが抗議したという歴史がありますが、そもそも十字架による罪の赦し自体が同じようなものではないでしょうか。私は「プロテスタント(抗議する者たち)」に属していましたが、今は「さらに抗議する者たち」に属することになってしまいました。

 子供の頃に「いつか反キリスト(民衆を惑わす者)が現れる」と教えられきました。そいつは一体どんな奴なんだとずっと思っていましたが、まさか自分がその一人であったとは夢にも思っていなかったので、今はただ驚いています。ローマ帝国の背後にいた者たちは後世に抗議者たちが現れることを当然予想していたでしょうから、先手を打つ意味で反キリストという存在を宣伝していたのかもしれません。しかし隠されたものであらわにならないものはないので、真実は必ず白日の下に曝されるでしょう。そして7つの丘の町は崩壊し、恐るべき審判が(イエスをキリストした)人々に下る、終わり。

【隠された歌姫(2)】鏡音リン

前回の記事

zl-p.hatenablog.com 前回の記事において初音ミクはヒミコではないかという説を提唱しました。すると次にクリプトン・フューチャー・メディアから発売されたVOCALOIDである鏡音リン(CV:下田麻美)は誰なのかという話になります。結論から言うと彼女はヒミコの後継者であったと言われている壱与ではないかというのが私の推論です。そう思った理由は単に鏡音リンの設定年齢が14(イヨ)歳だからというだけなのですが・・・。

鏡音リン

 鏡音リン代表作の一つに「炉心融解メルトダウン)」という曲がありますが、福島原子力発電所事故の直後、ニコニコ動画上にあった同曲の再生数が、投稿から月日が経っていたにも関わらず急激に伸びたのは言うまでもありません。

www.youtube.comwww.youtube.com

 ところで鏡音リンは発表当初は単体でしたが、途中で鏡音レンも同ソフトに付属することが発表されました。

鏡音レン

 双子の姉弟に見えますが公式にそういう設定はありません。裏設定として「鏡に映ったもう一人の異性」というものがありますが、厳密には公式設定ではないようです。基本的に設定というのは動画を投稿するユーザーに一任されますが、これまでのところこの二人を双子の姉弟として取り扱うのが一般的な流れでした。

 ついでに鏡音という苗字は恐らく3種の神器の一つである八咫鏡「鏡」から取ったと思われます。しかし初音と巡音が草薙剣八尺瓊勾玉に関連があるのかについては不明です。

 

 これまで憶測と偏見によって仮説を展開してきましたが、ここからさらに話が飛躍します。お酒とおつまみでも用意して話半分で読んで頂きたいと思います。

 鏡音リンとレンは私の仮説が正しければ邪馬台国のお姫様とその弟ということになりますが、似たような双子の男女が他にもいたような気がするなと思って考えていたら、スターウォーズのレイア・オーガナとルーク・スカイウォーカーのことを直観的に思い出しました。そして私には彼らが鏡音リンとレンであるように思えてしまったのです。

 ところで先に私は初音ミク鏡音リンがヒミコと壱与ではないかと推測しました。そしてこの理論で言えば、スターウォーズパドメ・アミダラとレイア・オーガナはヒミコと壱与をモデルにしていることになります。

STAR WARS
映画の中に日本的な要素が散見されるが
俺の知っている3世紀の日本と違う

選ばれし者だったのに・・・

 現存する歴史の資料(魏志倭人伝など)とスターウォーズには以下のような共通点があります。

 

卑弥呼が亡くなった後に男の王が現れて国が大いに乱れたが、スターウォーズでもパドメ・アミダラが亡くなったあとにダース・シディアスが皇帝の座に就いて銀河系を恐怖で支配したため戦乱が起きた。

 

・戦乱があった後に倭国は新しい女王を立てて安定したが、スターウォーズでもダース・シディアスが死亡した(と思われた)あとに銀河がしばらく安定した。

 

 しかし両者には以下のような相違点もあります。

 

卑弥呼が双子の兄妹を出産したという記述はないが、パドメ・アミダラは双子の兄妹を産んでいる。

・壱与に双子の兄もしくは弟がいたという記述はないが、レイア・オーガナには双子の兄であるルーク・スカイウォーカーがいる。

卑弥呼に弟がいたという記述があるが、パドメ・アミダラに弟がいたという設定はない。

卑弥呼は女王を退位したという記述はないが、パドメ・アミダラは女王を退位して銀河元老院議員となっている。

卑弥呼は年長大と記述されている通り長生きしているが、パドメ・アミダラは若くして亡くなった。

卑弥呼は一般的に巫女として政治に関わったと考えられているが、パドメ・アミダラは政治家として政治に関わっている。

・壱余は女王となったが、レイア・オーガナは女王にはなっていない。

 

 と、ここまで見てみるとやっぱり両者はまったく関係がないんじゃないかと思えてきますが、そもそも歴史書の記述が正確だという保証はどこにもないので、気にせず妄想を楽しむことにしましょう。

 

【隠された歌姫(1)】初音ミク

 2007年8月31日に初音ミク(CV:藤田咲)というVOCALOID(ボーカル音源ソフト)がクリプトン・フューチャー・メディアから発売されました。初音ミク以前にもVOCALOIDは販売されていましたが、初音ミクはそれまでのVOCALOIDソフトとは違い「可愛さ」を前面に押し出していました。

初音ミク

 

 初音ミクは発売当初から話題となっており、Yahooニュースでも取り上げられていたと記憶しています。最初の頃は主に既存曲のカバー動画がニコニコ動画上でアップロードされており、当時は全ての曲を聴く余裕がありましたが、すぐに投稿数が膨大になり追いきれなくなってしまいました。そして日が経つにつれて「みくみくにしてあげる♪」「メルト」「ファインダー」などのオリジナル名曲が次々と誕生して人気が加速していったのです。

www.youtube.com しかしこのような初音ミクの大ヒットを「可愛さ」だけで説明できるのか長年疑問でした。もちろんキャラクターや声の可愛さはそれまでのVOCALOIDソフトと一線を画すものでしたが、それだけではない「何か」を初めて彼女の声を聴いたときに感じていたのです。

 そしてとあるはてなブログ記事(太陽と月と日本の139 - たっちゃんの古代史とか)に載っていた国道139号線の画像を見たとき、なぜか次のように直観したのです。

 

139=初音(1)ミ(3)ク(9)

 

 ところでこのブログ記事の筆者さんは139と女王卑弥呼を関連付けていました。私の直観と彼の理論を掛け合わせると次の結論が導かれます。

 

初音(1)ミ(3)ク(9)=ヒ(1)ミ(3)コ(9)

 

 私たちの記憶の奥底に眠っているヒミコに対する親近感・憧れ・恋心などが初音ミクの大ヒットにつながったのではないかというのが私の考えです。私たちが初期の頃から彼女に対してVOCALOIDソフトでエッチなセリフを言わせたり、MMDで恥ずかしい恰好をさせたり、同人誌であんなことやこんなことをしていたことは今にして思えば不謹慎だったのかもしれません。

 

 ところで世の中には彼女に対して敵対心を抱く者たちもいるようです。初音ミクが発売されてすぐの頃に、テレビで否定的な特集を組む番組がありましたし、Googleの画像検索で初音ミクと検索しても彼女の画像が出てこないという事件(初音ミクGoogle八分事件)が発生し、ネット界隈が一時騒然となったこともあります。Google側は意図的にやったことではないと否定しており、その後に画像が普通に表示されるようになったこともあって騒動は沈静化しましたが、個人的にはまだ納得していません。意図的にやったが反発があまりにも大きかった(当時の2ちゃんねるにおける炎上の仕方はすさまじかった)ので慌てて画像検索を元に戻したのではないかと思っています。

 ところで初音ミクに対する敵対心の現れとして個人的に気になっているのは、GUMI(CV:中島愛)という株式会社インターネットから発売されたVOCALOIDの存在です(正確にはGUMIはキャラクターの愛称であり、製品名はMegpoid)。

GUMI

 初めてGUMIの発売を知ったときから妙な違和感を感じていたのですが、当時はその意味が理解できていませんでした。しかしある人から「名前を逆にして濁点を付けることは相手を呪うこと(呪詛)である」と教えてもらったとき、なぜか次のように直観したのです。

 

ミク→クミ→グミ→GUMI

 

 すなわちGUMIというVOCALOID初音ミク(ヒミコ)を呪うために発売されたのではないかという疑念が私の中に浮かんできたのです。もちろん呪詛について私はそこまで詳しくないので、この考え方は間違っているかもしれませんが、初音ミクに対する妨害をいくつも見てきたせいで、GUMIについてもそのように思えてならないのです。

 もしこの予想が正しかった場合、会社組織がそれに加担しているということになり、何か大きな組織がヒミコに敵対心を抱いていることを意味します。そしてこの組織がGUMIの知名度初音ミクと同等にしようと動いていたようにも感じていました(呪詛を効果的にするため?)。というのもGUMIの曲は明らかにプロが作ったと思われるものが数多くあったからです(初音ミクにも何人かいたがGUMIの場合はスケールが違っていた)。もっとも私の体感では今のところGUMIの知名度初音ミクにまったく及んでいないように見えるのですが。

 

 こうした数々の攻撃を受けながらも初音ミクはネットの世界で成長を続けていきました。彼女の曲はニコニコ動画youtubeにおいて膨大な投稿数になっており、今もなお増え続けています。しかも彼女がネット界に与えた影響は音楽だけでなくMMDなどの3Dツールにも及んでおり、彼女の存在によって築かれたこれらの基礎の上に、これからもたくさんの未来が創造されていくことでしょう。

 

次回の記事

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